LIFESTYLE

戦争はほんとうにあったのか。「終戦」を共通言語として未来を思う

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気持ちのよい風が部屋を吹き抜けています

うっすらと透き通った空の色

蝉も起き出した、東京の朝

 

毎年この日になると、何かを書いています。

それは個人的な約束。少し前に生きた人たちのことを思い出して書こうって。

去年は何を書いたっけ

お盆くらいは、と毎年おもう。

 雨は降ったりやんだりしている。それと同じように焼夷弾がふっていた、断続的に、昼夜かまわず。そんな日々におびえずに済むようになった日のことを。取り出してみる。

世の中には何かを忘れさせないための様々な記憶装置があって、戦争に関するものもたくさんある。
先月見たアラン・レネ「二十四時間の情事」のテーマは愛と戦争の記憶に関する類似的な関係性についてだった。愛と戦争。どちらも突発的、単発的におこることもあれば、必然的、双発的な側面もある。

「戦争」はほんとうにあったのだろうか。反省は徹底的に行われただろうか。自分の目で見てないことが、本当に起こったことなのか。その疑問が常にある。集団的な記憶は作られることもある。国家しかり、民族しかり。歴史と神話の境にいったい何があるというのだろう。

それに関連して大江健三郎の『M/Tと森の不思議の物語』を読んだ。谷間の小さな村の歴史と神話を語る男と、その物語。フィクションがもっとも真実にとんだものではないと誰がいうことができるだろう。個々人の記憶に対する信仰は集合的なそれに勝つだろう。

 大学隣りの公園に掩体壕がひっそりと残っている。爆撃機を滑走させた飛行場もまだある。その場にそっとたたずんで、周りの光景が風景にかわっていくまでの変化をさかのぼる。飛行場は畑になり、雑木林になり、鬱蒼とした荒野にかえっていく。限りない想像力の飛翔は歴史を組み替え創造し時や空間を超えていく。

記憶装置は何気なく生活に紛れていく。

 そう、たちのぼる線香の香りや霊園を駆け抜けるときの独特の緊張感。先祖の霊が遊びに来ていることを知らせる。言霊や祈りが静かに心にしみいる。

そんな自由な夢想がもっともっとこの世界を飛び交えばいい。

2017/8/15

そして、一昨年は

昨年も同じようなことを考えていたように思う。

幾年が過ぎようと八月十五日は日本人にとって特別な日であってほしい。

正午に放送が流れた。「恒久平和を祈り、黙祷をささげます」

祈る。悼む。回想することは、自分の未来をも想うことではないか。

七十一年前の今日に日本は戦争に負けた。

幾千万の命が消えていた。彼らの魂はともしびに誘われて彼方から現世を訪れる。彼らの子孫、友人、そして子ども達と連れ立ってやってくる。

お盆。舞い踊る。この世とあの世が入り乱れ、邂逅し、意識を超えたところで何かを共有する。

今、生活の中で、社会の中で消えつつ、見失いつつあるその精神的アジールは祈りや祭りの中にたしかにあった。

わずかに残されたこの実利なき祈りこそが、僕たちの求めてやまない幸せへの希求そのものと重なって見えるのだ。

ちり行くはかなさにこめて

2016/8/15

去年は大学へと向かう道中からみた景色を見て、そして当時読んでいた本や映画から、集団的な記憶のもつ不確実さ、曖昧さについて考えてた。

忘れ去られていく戦争の記憶が、同じく忘れ去られていく先祖の霊と重なっていた。

一昨年は、伊豆諸島の八丈島にいた。

小さな島のことだ。お昼どき公共放送で戦争を悼み、平和を希求する旨のメッセージが流された。ついでに夜に開催される盆踊りの告知があった。

八丈太鼓と呼ばれる和太鼓は遠くの人へ思いを伝えるよう鳴らされる。

隣に座ったおじさんがそっと「昔はな、太鼓のリズムで遠くにすむ恋人へ自分の思いを伝えたんだよ」と言っていた。

実利とは関係のないところで、祭りとはただ脈々と受け継がれて来た魂の居場所なのだと悟った。

感情に動かされる日

終戦とお盆の日。

ここから広がる世界のありように僕はすっかりと魅了されてしまっている。

どちらも曖昧で、ほんとうにあったのかわからない過去の出来事。

なのに、多くの人々に影響力を及ぼし続ける強い力を持っている。

実利的、合理的に見える社会にあって未だに集合的に感情を揺りうごかす、そういう力を秘めている。

僕は、そんな情念的なエネルギーの正体を知りたいと思った。

先祖が帰ってくる日

ずっとずっと前から盆という習わしはあったのだろうか。

盆というのは先祖があの世からこの世に帰ってくる期間のこと。

それに合わせて、僕たちは墓参りにいく。水をかけ、墓を掃除し、花を取り替えて、線香を焚き、そして祈る。

墓を作って、埋葬する文化は人類がホモ・サピエンスになってからの特別な文化。

埋葬することは、人が亡くなり死体が血肉の塊としてうっちゃられるのではなく、何か意思が宿ったモノとして大切に扱われるという行為で、そこから人が精神的な何かをその死者に見出していたと類推することができる。

精神的な支えや思い出など、すぐに消えていってしまうものを忘れないようにカタチにする。墓にする。ピラミッドだって、古墳だって全部そうだ。

墓に限った話じゃない。八百万の神にもみられるように日本の風土では、霊魂的な存在を自然の中に見出して祀っていた。川や山、海や洞窟、巨石や大樹がお墓にように、見えない祖先を思い出すよすがになっていたのだろう。

父や母、祖父や祖母を思い出すことは、彼らの生きた場所を青春をその時間を想像すること。巨大な過去を先祖という血の繋がりで持って感情的・断片的な知識で想像するのだ。

もっともっと昔のことを知りたくなる。彼らがみた風景を想像の中で追体験したい。

祖父母はこんな風に出会ったのかな。初デートはどこにいっったのだろう。いや見合いだったのかも。彼らがドキドキしたのと同じように、自分も胸を高鳴らせてみる。

繰り返し繰り返し、そういうことを回想する。過去を思い出すトレーニングをする。

そうすると、その広大な時間の只中に深く深く根をはることができるようになる。もっともっとその土地のことが知りたくなり、味わいたくなる。時間の変遷を追えるようになると、どこへ行くのも楽しくなる。

僕らは時間と親密になり、先祖と会話できるようになる。

先祖が帰ってくる日。お盆はそんな意味があるんじゃないかと思う。

先祖に思いを馳せて、僕らは過去という大きな本にアクセスするのだ。

戦争が終わった日

73年前の今日、戦争が終わった、と聞いている。

一体、どれほどの人がその戦争があったことを知っているのだろう。いや、強く心に留めているのだろう。

「戦争を体験したのか」と言われれば「僕は生まれていませんでした」としか言えない僕は、いったい戦争の何を知っているというのだろう。

それでも「戦争を繰り返してはいけない」ということばに深く頷く僕がいる。

これは教育の洗脳か。時代の流れか。それとも、万人にとって、同意できていることなのだろうか。

ある、老人が言った、

「戦争がまた起こればもっと経済は豊かになるよ。物が壊れて、なくなれば、誰しもが必要なものを探し、買い求めるからね」

たしかに創造は破壊から生まれる、それは否定し難い事実だ。

多くのクリエイティブが既存のデザインや潮流を乗り越えて、次々と生み出して行くのも、一つの破壊と創造のプロセスと捉えることができる。

だから暴力的・物理的な破壊行為は、ルールを決めれば戦争ではなくなる。

格闘技、石灰石をほる為に山に仕掛けられたダイナマイト利用も、それ自体はなんの争いでもない。

では戦争とはなんなのだ。

例えば戦争と同じような言葉に紛争がある。

似たような言葉だけど、英語にすれば、warとconflict

集団的な武力のぶつかり合いを思い起こさせるwar、conflictは個人の葛藤や、すれ違いといった幾重ものレイヤーが絡まり合っている状態が思い浮かぶ。

きっと、戦争は個人が見えなくなって、何か見えないルールのもとにお互いが縛られあって、そして盲目的になった集団が引き起こしてしまった争いなのだ。

戦争が終わったということ。それは良いことだ。でも、それは人が集団として生きるということが終わったことをも意味しているのではないだろうか。

集団として向かうべき方向性を見失うということ、それは戦争という言葉が共通言語となって、平和を考えること、その当たり前だと思っていた土壌がだんだんと当たり前ではなくなるということと似ているんじゃないか。

戦争を繰り返さないという一つの抑止力だけで、平和を求める時代は終わったのだ。

戦争を忘レゆく日

先日、文学の講演会にいった。

その中で、作家、高橋源一郎の話が印象的だった。

高橋はいう、戦後文学で今読むべきなのは戦時中に10代だった作家たちの言葉だ、と。彼らは、戦時中に幼少期を過ごし、そして戦後に様変わりした日本で戦前と意見をすっかり変えて生きて行く大人たちの姿や生き様をまざまざとみて育った世代だった。

戦争がいとも簡単に人をかえ、そしていとも簡単に忘れ去られていくこと危惧した彼らの作品には、ただその戦禍を伝えるだけでなく、変わりゆく時代の中で、どのように悲惨な記憶を引き継げるのかを考えた最初の世代と言える。

向田邦子、小松左京、野坂昭如。彼らの作品こそ、今読むべき戦争文学であるのだという。

人は忘れていく生き物だ。それを前提とした上で、僕たちは戦争という記憶を引き継いで行かなくてはいけない。

まだ間に合う。生きているお年寄りから戦争の話を聞くこと。

質感のある、その言葉を、顔を見つめ、空気を感じながら、聞くことは身体に残る記憶になるだろう。

それを元にして、平和を個々人が求め考えて行けばいい。

未来を思う日

忘れることは悪くない。

何回でも学んだことを忘れて、また学び、さらに学び、また忘れて、頭の知識を身体に落としていくまで学び、覚えていく。それが生きるということだ。

墓参りでも戦争番組を見るのでもいい。

ぼんやり、空を眺めているのでもいい。身近な諍いを穏やかな気持ちで思い出すのはもっといい。

できるだけ身近なところから、過去に思いを馳せてみる。

自分の生きてきた場所。学校。旅した場所。クラスメート。お母さんの実家。お父さんの実家。両親の出会い。おばあちゃんの最初の奉公先。そのまたひいじいちゃんの出身はどこだっけ?なんの仕事をしてたのだろう。

知らないことは想像してみよう。その人がいなかったら僕はここにいないのだから。

時代はどんどん遡る。

携帯電話は黒板の伝言板になった。今、私が住んでいるマンションは平屋の長屋に。そして雑木林に、豊かな森へ。300万年前、もしかしたら海だったかもしれない。僕はニシンの群の中に立っている。

過去のレファレンスは縦横無尽に伸びていく。あったのかなかったのかはっきりしないけど。そんなもんでいいのだ。修正はいくらでもできる、元来、人間なんて不完全なんだから。

だいぶ戻ったら、一回、今に帰ってこよう。

深呼吸を一回して、今度は未来に向かって想像の力を伸ばしていこう。

深く、深く、潜った分だけ、空も飛べるはずさ。